走り続けてきた40,000km 東京オリンピックを目指し、次の100,000kmへ
走り続けてきた40,000km 東京オリンピックを目指し、次の100,000kmへ

Column 「続けること」 Vol. 03<前編>
走り続けてきた40,000km
東京オリンピックを目指し、次の100,000kmへ

青山学院大学が大会新記録で初優勝を飾った2012年 学生三大駅伝の初戦「出雲駅伝」。4区で当時の区間新記録となる17分50秒の好タイムで駆け抜け、チームの優勝に大きく貢献したのが大谷遼太郎選手でした。

この大会は始まる前、大方の予想では駒大と東洋大の二強対決という構図でしたが、大谷選手はチームの勝利を信じていたそうです。
というのも中学生のときに覚悟を決めて陸上を始めて以来、毎日走り続けてきた8年間が彼にはあったからです。トレーニングの内容は毎日異なるそうですが、日によっては練習が3回あったり、1日に60kmもの距離を走ることも。

「今でこそ陸上をやっていますが、じつは中学生まではバスケットで日本一を目指していました。ですが15歳にして、自分の限界に気づいてしまったのです。その一方、陸上なら日本で一番になれるという根拠のない自信もなぜかありました」

バスケ部に所属しながらも、大谷さんは時折、駅伝大会に引っ張りだされてもいたそう。それがキッカケで高校の監督にスカウトされ、推薦で浦和実業高校に進学することに。高校時代も陸上に打ち込み、リュックサックを背負い、走りながら登校していたそうです。インターハイでは1500mで5位という好成績を収め、数多くの誘いの中から、当時はまだ陸上で無名だった青山学院大学を選びました。その背景には、箱根駅伝に出場していないチームで、自分がエースになって箱根へ導きたいという想いがあったからだそうです。

くわえて、尊敬する外丸和樹氏(トヨタ自動車 陸上長距離部所属)が当時農大を箱根へ導いていたのが鮮明に脳裏に焼き付いていたことも彼の決断を後押ししました。

大谷遼太郎さん

Ryotaro Ohtani

大谷遼太郎さん

埼玉県出身。浦和実業学園高校を経て青山学院大学に進学し、現在トヨタ紡織 陸上部所属。

http://www.toyota-boshoku.co.jp/jp/athletic/athlete/athletelist.html?name=Ryoutarou_Ootani

2014年1月1日に群馬県で行われたニューイヤー駅伝。1区の入場セレモニー。 2014年1月1日に群馬県で行われたニューイヤー駅伝。1区の入場セレモニー。
2013年12月の頭に行われた八王子ロングディスタンス記録会での走り。 2013年12月の頭に行われた八王子ロングディスタンス記録会での走り。
ニューバランスのレーシングシューズRC1300。軽さとクッション性がすごく気に入っているとのこと。 ニューバランスのレーシングシューズRC1300。軽さとクッション性がすごく気に入っているとのこと。

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